スピッツベルゲン一章2007-03-14 Wed 05:50
ものすごい轟音と共に、飛行機が着陸した。ロスから到着した便で、降りてきた人々は例外なく疲れてた表情をしている。降りた後、皆が向かうのは、レストラン若しくは電車のターミナルで、例外は添乗員ぐらいのものだ。大型荷物の手続きをしていると、荷物が到着した。それの中身は、熱帯魚である。
―今からこれを運ぶのか...。 そんな憂鬱を誤魔化しつつ、ゆっくりと東京まで運ぶ。道中はトラックだが、揺れないように気を使いながら走ると、周りの車からのクラクションが鬱陶しい。 「うるっさいなぁ、これでも急いでるのに...。ねぇ」 いきなり話しかけられたので、高速道路の料金所員は愛想笑いを浮かべるだけだった。 真田恭子がメキシコの田舎から輸送してきた熱帯魚は、いつも完売する。なぜなら、輸送手段が良いからだ。船で、ろくに環境も整えずに運ぶと大変なことになる。特に、今回運んできた熱帯魚はいつもの安いヤツとは話が違う。大きなヒレと、自然の海なら滅多に出合うことの無いブルーの体色は、見事の一言だ。それをクラブという、とんでもない環境で飼おうって言う輩が、今回の出資者である。 「やあ、お疲れさん」 「どうも、少々遅れましたが、傷一つ無い完全品です」 「おお、素晴らしい!これこそ熱帯魚の王道だ」 ―ケッ... 心の中でそう思ったが、これも仕事なので、仕方が無い。 ちなみに、恭子のやっている仕事は、そう簡単に出来ることではない。魚を見分ける目と、メキシコにおける人脈が無いと成せない業だ。今日一日で300万円の収入だが、この一ヶ月、この仕事にかかりっきりだった。とんでもない金持ちか、大企業しか相手にしない分、アフターサービスはバッチリだ。 今月中に片付けたい仕事は他にもある。いつもの、熱帯魚用水槽の構築だ。この後直行しなければ、間に合わないので、疲れた顔で客の前に出向く。ちなみに、水槽の構築といっても、水槽を組み立てるわけではなく、水槽の環境を整えるために、何回も通う事だ。今日は一ヶ月ぶりに水質検査に出向く。 「ずいぶん豪華な水槽に変えたのよね、たしか」 「そうですね、3000ミリ水槽なんて、そうないですよ。特に個人宅なんて」 部下の木下が気だるそうな声で応える。 もうすっかり夜になっていた。港区の高層マンションの30階辺りに止まる。 「―ピンポーン...」 「...はい」 「あ、どうも、水槽を見に来ました」 「ご苦労様です」 何時もの様に、木下が水質を調べ、適当な薬を投入し、恭子が家主に報告する。実は、この作業のために通っているようなものなのだ。人脈を広げ、新たな顧客を掴むために。ただ、この家の場合は少し違う。 「それで、今回はどんなところに行ってきたの?」 家主の柳田が、人なつっこい目で見つめる。柳田は、所謂IT企業の社長で、この家を出ることは無い。大学時代にサッカーの試合で脊椎を痛めて以来、車椅子から立ち上がる事は無くなり、その鬱憤を晴らすかの様に、自分の企業の成績を上げ続けてきたのだ。恭子は、この柳田との会話を楽しみにしている。そして、柳田も。 「今回はね、メキシコの海で取ってきたやつなんだけど、そう簡単に採れるようなヤツじゃないんだ」 「へえ、それじゃ、どうやって採ったの?」 「うん、あのね、水槽担いで海に潜って、その中に誘い込むの」 「随分原始的なんだね」 「えへへ...」 「でもね、あの魚は、ここに持ってきたかったんだ」 「なんで?」 「だってさ、クラブだよ?あんなところで魚を飼うなんて、自殺行為だよ」 「魚にとっての、ね」 「うん」 こんな感じの会話が何時間も続き、その間助手の木下はマンションの下で待っているのだ。少々気の毒だが、その分残業代が出るので、まあ良い。 「ここからの景色は最高だね」 「そう?魚の負担になってないかな?」 「大丈夫だよ。魚眼レンズだもん」 「あはは...」 「...」 「...」 いつも、こういう感じで終わる。相手が自分をどう思っているか、お互いに分からない。なにせ、金持ち相手に生物をつかって商売している自分が分からない恭子と、金以外に自慢できるものなど無いと思っている柳田のコンビだから。 部屋の電気を消して、都会の夜景に沈む。水槽のランプを淡い色のものに変え、ゆったりとした時間を過ごす。そして、いつものように木下に電話する。 「ごめん、話が長くなりそう。先帰ってて」 「了解」 木下という、ある意味優秀な部下を持って、恭子は幸せ者である。今夜は、このまま泊まっていこう。 翌日、優秀な部下から風邪に罹ったので休みたいと電話があった。 今日の仕事をチェックしようと、スケジュール帳を開く。運の悪いことに、今日は水槽の新規納入日だ。 「這ってでも来い」 「えー!?」 「お前がいないと何にも出来ないだろが」 「...鬼」 「給料弾むぞ」 「行きます」 二人でなんとか納入を済ませ、そのままテストフィッシュを投入した。どうせ死んでしまうこの魚たちに、同情はしない。ただ、時々自分と重ねてしまうことがある。...なぜだろう?特に自分の人生に不満など無いのに。 夜、自宅でビールを開ける。そして、一気に飲んで、寝る。なんともいえないこの時間。...人間に生まれてきてよかったと思える瞬間である。そして、土曜日の晩になると、木下とカラオケに行き、声が涸れるまで歌う。平均的な女性の日常だが、仕事になると、そうでもない。なにせ、大企業のオフィスに、見栄や虚勢の印を作りに行くのだから。 今日は特に柳田の家に用は無い。しかし...、来ちゃった。 なんとなく来たかったのだ。たまにはいいではないか。 「こんにちは」 「...やぱりね」 「?」 「だって、貴方しか来ないもん。オフィスには電話で用件を伝えるし」 「...えっと」 「うん、上がって」 「うん」 「あのね、ちょっとだけど、お休みを作ったんだ」 「え、大丈夫なの?」 「うん、優秀な部下ばっかりだから」 「いいなぁ」 二人は、いつものように夜景に浸っていた。ただ、お互いに一言も口をきかない。そのうち、柳田が、黒くて、日本の何処に売っているんだろうと思わせるような、洒落た冷蔵庫からワインを出してきた。いつしか会話は、仕事の話しから柳田の体の話になった。そんな暗い話でも、恭子は喜んで聞いた。ただ、一緒に居たいだけだったのかもしれない事は、本人も分かっていた。 ゆっくりした時間が巡り、柳田が不意に、そして静かにキスをした。なんと、この二人は何回もこう言う時間を 過ごしていながら、これが初めてのキスだった。 「...えっと」 「は、はい」 恭子のあせり方に、少しだけの笑みで応え、柳田は、ある提案をした。それは、旅行の計画。北にある、すごく小さい島に行こうというものだ。その島は北極海にある島で、炭鉱町がある以外、死の島である。しかし、一面の銀世界と、海面に向かって落ちこむ氷山の線は、見事なグラデーションを作り出す...そうだ。 なぜ、柳田がこんなところに行こうと言い出したのか、それは恭子にははっきりとは分からない。しかし、この人になら、何処へでも付いていける気がした。 二人の旅行は案外スムーズに始まった。 一章終わり、二章に続きます |
この記事のコメント初めまして^^
フラフラとネットサーフィンをしていたら こちらに辿りつきました。 色々読ませてもらいますね。 またご訪問させていただきます^^ 応援ポチ♪ ご訪問ありがとうございます。
稚拙な文ですが、読んでいただけたらうれしいです。 (^^)
2007-03-14 Wed 16:48 | URL | 大久保 #N0fGSRtA[ 編集]
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