〜心夜景〜恋愛小説の園 

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最終章

最終章

薄化粧がとても似合う顔は滅多に居ない。孝子は幸運にもその中の一人に入っていた。
 
 一人残された哀れな男が所在無い面持で座り込んでいる。しかしそんな人間に神は手を伸ばさない。当たり前のこの現実が切迫しているが、どうしようもなく、それでいて沈殿のように動かない。現実特有の切り口に
身悶えする。繊細な白さの肌にそっと手を触れるが、孝子の両親がその度に嫌そうな顔をする。
 「恵一君」
 「はい」
 「君に聞きたいことがあったんだよ」
 「はい」
 「君が孝子と結婚したのは判るが、我々にしてみれば、結納も何もしないいい加減な結婚でしかないんだよ。いや、勿論いい加減というのはあくまで表現の問題だ。しかしね、私はどうしても納得がいかないんだ。君の子供が死んでしまった...、いや、失礼。」
 「いえ、どうぞ続けてください」
 「うん、君と孝子の子供が生きていないのはとても残念だが、私は君を息子とは思えないんだよ。大変申し訳ないが、どうにもこうにもできないんだ。どうか納得してほしい」
 「御気になさらないでください。そんなの当たり前なんです。今は、一緒に孝子を想うしか出来ないし、それで良いじゃあないですか」
 「...ありがとう、本当にありがとう」
 こんなやり取りがあった後なのに、恵一は常識人の巣から旅立ち、そして、気が遠くなるほど遠い地に来てしまったような常態でいる。そんな恵一の隣に斉藤が静かに座っている。二人はこっそり抜け出した。孝子と恵一は法的には夫婦ではないので、喪主は彼女の父親が勤めたが、そのせいだろうか、恵一はよそもの扱いを受けたような、そんな気分だった。だから、斉藤と二人で送り出したい。

 繊細な表情を織り出す山岳地帯は、その分壮麗な夕日、朝日、雲海を見せてくれる。今恵一達が立っているビルの屋上からの景観は、不動で、無機質で、それでいて冷たい。ひとが作ったのに温もりを感じさせず、一方的に、そしてあるときは暴力的にその存在感を放り出している。汚い空気が、その存在を強調している。
 「空が曇ってると、気分も曇るって言うわね」
 「ええ」
 「あなたもそんな感じなの?」
 「いえ、そう思いますか?」
 「どういうことかしら」
 「曇りの日がないと、晴れた日の有難さがわからないし、雲の間から射す光がどれだけ綺麗か分からないでしょう」
 恵一は普段こういうことを言う人間ではない。しかし、心が孝子を探しているのである。ちょうど、幼くして親を亡くした人間のように、人の死が理解できないでいる。「どこかにいる」孝子を探している自分を、どういうわけか冷静に傍観している恵一のこの一言は、重い。



終わり

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