3章2007-03-19 Mon 01:02
そこは、途方も無く広い平原で、白以外の色もない。今が何時なのかもさっぱり分からなくて、少し怖いくらいだ。二人は、北極海にある、群島で一番大きな島の平原に降り立った。周りに居るのは、炭鉱で働こうと言う人々と研究者達だけで、こんな所に来る物好きな観光客は恭子と柳田ぐらいだった。宿に着くと、まだ夕食まで時間があるので、景色を見に行った。一般的な観光地なら、「見事な景色」を見に時間をかけて移動して、感動するならして、帰る。こういう旅行も嫌いではないが、この島では、時間がゆっくり流れ、白夜のおかげで、昼と夜に追いかけられる事も無い。だから、二人は宿のドアを開けるだけで移動はしないし、気が済むまで景色に浸ることが出来る。
「救急の時って、どうしてるんだろうね。ここの人たち」 「あ、そういえば」 ―ヘリコプターで往診に来るんですよ 人のよさそうな宿のおじいさんが、何かは分からないが温かそうなものを飲みつつ教えてくれた。頬が赤くなっているところが可愛らしい。こういう人を好々爺って言うんだろう。 「大変だね。ここの人たち」 「そうね」 「...あ、ほら、雪」 「う、うん」 ―それは、雪というより、夜光虫たちが空から降ってくるような光景。白夜のせいで、光が綺麗に散っている。夜光虫が海から空へ昇り、雪の中に閉じ込められて儚く降り注ぐイメージが、穏やかに湧いてくるのだった。 「あっちに行ってみる?」 「うん」 「海だよね?あれ」 「そう...だよね。多分」 「綺麗だ」 「うん」 「いや、君が」...そう言おうとしたが、声に出来なかった。 しかし、奮発して買ったファンデが蒼を帯びた光に映えて、圧倒されてしまった。凛々しい眉と、猫のような媚びない目、そして長いまつげを真横から見る。空と輪郭の境で光がにじみ、強いコントラストと共に魅せる。 この日は運良く雲が少なかったので、薄く星が見えた。まだ極地の環境に慣れていないので、流れ星があっという間に消えるのが、なんとなく懐かしかった。そして、空がネーブル色からゆっくりとコバルト色に変わる頃、宿に戻った。 暖炉の中の灰を出し、冷たくなった指先をさすって暖める。先に風呂に入りたかったが、よく考えてみれば水が貴重な土地で、風呂は贅沢らしい。炭鉱の他には研究施設があるらしいのだが、見当たらない。中心の町から出るには、スノーモービルを使う必要がある。柳田はこれに乗れないので、ちょっぴり悔しかったらしい。それを感じ取った恭子は、スノーモービルの後ろに車がついているものを借りてきた。 「なに、これ」 「ビッグスノーモービル」 「うーん、よく見つかったね」 「それが、お爺さんが見つけてくれたんだ」 「そうなの?お礼しとかなきゃ」 モービルで少し進んだら、氷山との境目に到着した。少しだけ顔を見せる海を見つけたが、暗い北極海の底に、故障した潜水艦の乗組員みたいに閉じ込められそうで、どうも落ち着かない。 3章終わり、4章に続きます |
2章2007-03-17 Sat 02:41
二章
天候が悪く、空港で一泊することになった。部屋に荷物を放り込み、レストランへ向かう。丸いテーブルに向かいあって座り、白ワインで乾杯する。レストランは滑走路に面しているので、暗闇の中に青い誘導灯が整然と並んでとても美しい。真っ暗な背景。そして整然と、「青」。この景色に飛び込んで泳ぎたい気持ちを抑える心地よさは、なんともいえない。 レストランに入った時は何時でもワインを真っ先に持ってきてもらう。そして、味が分からなくなってきた所でメインに手をつける。恭子一流のレストランの楽しみ方。料理人にとっては良い迷惑なんだろうが、元来恭子はレストランみたいに他人が大量に居る場所が苦手なのだ。 「どうかしたの?」 「...え?!」 柳田に話しかけられて我に帰った。 「いやぁ、こういうガチガチした場所は慣れてなくて」 「へぇ、そりゃ意外だね」 「え?」 声が裏返ってしまった。とてもじゃないが、格好が付けられそうに無い。 「い、いや、その、ねぇ」 「この景色はそう簡単には見られないもんね」 可愛らしくうろたえている恭子を、猫を可愛がるようにして付け加えた。 部屋にはシャンパンが置いてあった。航空社からの「ごめんなさいシャンパン」だった。この「ごめんなさいシャンパン」という言葉は恭子が名付けてあげたのだが、...結構かわいいと柳田は思った。 「じゃ、乾杯」 「乾杯」 翌日、飛行機はオスロに向かって飛び立った。 二章(短いけど区切りがいいので)終わり、三章に続きます |
新作2個め2007-03-14 Wed 05:55
新作をアップしました。今進行中のがあるのに、なぜだ、とおっしゃるかもしれませんが、同じ質を違う視点から描きたいので、あえて同時にしました。
ちなみに、このタイトルですが、実際にこの名前の島、あります。 というか、私が一番行ってみたい島です。他には、スカゲリックマイケルとか。...、ちなみに、他の所で高校地理の解説ブログもやっております(笑) |
スピッツベルゲン一章2007-03-14 Wed 05:50
ものすごい轟音と共に、飛行機が着陸した。ロスから到着した便で、降りてきた人々は例外なく疲れてた表情をしている。降りた後、皆が向かうのは、レストラン若しくは電車のターミナルで、例外は添乗員ぐらいのものだ。大型荷物の手続きをしていると、荷物が到着した。それの中身は、熱帯魚である。
―今からこれを運ぶのか...。 そんな憂鬱を誤魔化しつつ、ゆっくりと東京まで運ぶ。道中はトラックだが、揺れないように気を使いながら走ると、周りの車からのクラクションが鬱陶しい。 「うるっさいなぁ、これでも急いでるのに...。ねぇ」 いきなり話しかけられたので、高速道路の料金所員は愛想笑いを浮かべるだけだった。 真田恭子がメキシコの田舎から輸送してきた熱帯魚は、いつも完売する。なぜなら、輸送手段が良いからだ。船で、ろくに環境も整えずに運ぶと大変なことになる。特に、今回運んできた熱帯魚はいつもの安いヤツとは話が違う。大きなヒレと、自然の海なら滅多に出合うことの無いブルーの体色は、見事の一言だ。それをクラブという、とんでもない環境で飼おうって言う輩が、今回の出資者である。 「やあ、お疲れさん」 「どうも、少々遅れましたが、傷一つ無い完全品です」 「おお、素晴らしい!これこそ熱帯魚の王道だ」 ―ケッ... 心の中でそう思ったが、これも仕事なので、仕方が無い。 ちなみに、恭子のやっている仕事は、そう簡単に出来ることではない。魚を見分ける目と、メキシコにおける人脈が無いと成せない業だ。今日一日で300万円の収入だが、この一ヶ月、この仕事にかかりっきりだった。とんでもない金持ちか、大企業しか相手にしない分、アフターサービスはバッチリだ。 今月中に片付けたい仕事は他にもある。いつもの、熱帯魚用水槽の構築だ。この後直行しなければ、間に合わないので、疲れた顔で客の前に出向く。ちなみに、水槽の構築といっても、水槽を組み立てるわけではなく、水槽の環境を整えるために、何回も通う事だ。今日は一ヶ月ぶりに水質検査に出向く。 「ずいぶん豪華な水槽に変えたのよね、たしか」 「そうですね、3000ミリ水槽なんて、そうないですよ。特に個人宅なんて」 部下の木下が気だるそうな声で応える。 もうすっかり夜になっていた。港区の高層マンションの30階辺りに止まる。 「―ピンポーン...」 「...はい」 「あ、どうも、水槽を見に来ました」 「ご苦労様です」 何時もの様に、木下が水質を調べ、適当な薬を投入し、恭子が家主に報告する。実は、この作業のために通っているようなものなのだ。人脈を広げ、新たな顧客を掴むために。ただ、この家の場合は少し違う。 「それで、今回はどんなところに行ってきたの?」 家主の柳田が、人なつっこい目で見つめる。柳田は、所謂IT企業の社長で、この家を出ることは無い。大学時代にサッカーの試合で脊椎を痛めて以来、車椅子から立ち上がる事は無くなり、その鬱憤を晴らすかの様に、自分の企業の成績を上げ続けてきたのだ。恭子は、この柳田との会話を楽しみにしている。そして、柳田も。 「今回はね、メキシコの海で取ってきたやつなんだけど、そう簡単に採れるようなヤツじゃないんだ」 「へえ、それじゃ、どうやって採ったの?」 「うん、あのね、水槽担いで海に潜って、その中に誘い込むの」 「随分原始的なんだね」 「えへへ...」 「でもね、あの魚は、ここに持ってきたかったんだ」 「なんで?」 「だってさ、クラブだよ?あんなところで魚を飼うなんて、自殺行為だよ」 「魚にとっての、ね」 「うん」 こんな感じの会話が何時間も続き、その間助手の木下はマンションの下で待っているのだ。少々気の毒だが、その分残業代が出るので、まあ良い。 「ここからの景色は最高だね」 「そう?魚の負担になってないかな?」 「大丈夫だよ。魚眼レンズだもん」 「あはは...」 「...」 「...」 いつも、こういう感じで終わる。相手が自分をどう思っているか、お互いに分からない。なにせ、金持ち相手に生物をつかって商売している自分が分からない恭子と、金以外に自慢できるものなど無いと思っている柳田のコンビだから。 部屋の電気を消して、都会の夜景に沈む。水槽のランプを淡い色のものに変え、ゆったりとした時間を過ごす。そして、いつものように木下に電話する。 「ごめん、話が長くなりそう。先帰ってて」 「了解」 木下という、ある意味優秀な部下を持って、恭子は幸せ者である。今夜は、このまま泊まっていこう。 翌日、優秀な部下から風邪に罹ったので休みたいと電話があった。 今日の仕事をチェックしようと、スケジュール帳を開く。運の悪いことに、今日は水槽の新規納入日だ。 「這ってでも来い」 「えー!?」 「お前がいないと何にも出来ないだろが」 「...鬼」 「給料弾むぞ」 「行きます」 二人でなんとか納入を済ませ、そのままテストフィッシュを投入した。どうせ死んでしまうこの魚たちに、同情はしない。ただ、時々自分と重ねてしまうことがある。...なぜだろう?特に自分の人生に不満など無いのに。 夜、自宅でビールを開ける。そして、一気に飲んで、寝る。なんともいえないこの時間。...人間に生まれてきてよかったと思える瞬間である。そして、土曜日の晩になると、木下とカラオケに行き、声が涸れるまで歌う。平均的な女性の日常だが、仕事になると、そうでもない。なにせ、大企業のオフィスに、見栄や虚勢の印を作りに行くのだから。 今日は特に柳田の家に用は無い。しかし...、来ちゃった。 なんとなく来たかったのだ。たまにはいいではないか。 「こんにちは」 「...やぱりね」 「?」 「だって、貴方しか来ないもん。オフィスには電話で用件を伝えるし」 「...えっと」 「うん、上がって」 「うん」 「あのね、ちょっとだけど、お休みを作ったんだ」 「え、大丈夫なの?」 「うん、優秀な部下ばっかりだから」 「いいなぁ」 二人は、いつものように夜景に浸っていた。ただ、お互いに一言も口をきかない。そのうち、柳田が、黒くて、日本の何処に売っているんだろうと思わせるような、洒落た冷蔵庫からワインを出してきた。いつしか会話は、仕事の話しから柳田の体の話になった。そんな暗い話でも、恭子は喜んで聞いた。ただ、一緒に居たいだけだったのかもしれない事は、本人も分かっていた。 ゆっくりした時間が巡り、柳田が不意に、そして静かにキスをした。なんと、この二人は何回もこう言う時間を 過ごしていながら、これが初めてのキスだった。 「...えっと」 「は、はい」 恭子のあせり方に、少しだけの笑みで応え、柳田は、ある提案をした。それは、旅行の計画。北にある、すごく小さい島に行こうというものだ。その島は北極海にある島で、炭鉱町がある以外、死の島である。しかし、一面の銀世界と、海面に向かって落ちこむ氷山の線は、見事なグラデーションを作り出す...そうだ。 なぜ、柳田がこんなところに行こうと言い出したのか、それは恭子にははっきりとは分からない。しかし、この人になら、何処へでも付いていける気がした。 二人の旅行は案外スムーズに始まった。 一章終わり、二章に続きます |
ウオッカを楽しむ2007-03-10 Sat 05:49
ウオッカの飲み方を知っている方はどのくらいいらっしゃるだろうか。
私はかなりの酒飲みなのだが、昔、ウオッカで失敗した事がある。 まあ、それは良いとして。 色々な酒がある中で、かなりの異彩を放つこの酒は、実はそんなに恐ろしい代物ではない。ウオッカのイメージとしては、「アルコール度が鬼のように高い」「飲むとあっという間に酔う」「不味い。というか、アルコールの塊なんだから不味い筈」...エトセトラ。 こんなイメージを持つのは結構だが、一回飲んでみては如何だろうか? よく冷やしたウオッカのとろみ(かな?)や甘みは、他の酒に劣る要素など皆無と言える。しかし、あまり飲みすぎると洒落にならないのも事実。 出来るだけ小さいグラスで(ショットグラスとかお猪口かな?)、少量を一気に飲むのを数回(日本人なら2回か3回がベスト)繰り返すのが、大人の飲み方ですよね? ちなみに、スピリタス等のように、アルコール度がぶっ飛んでいる種類から入るのはやめた方が良いですよ。 |
二章2007-03-08 Thu 02:28
「東京の街は、あまりにも広く、そして汚い。赤いマーカーで無配慮に塗りつぶしたような夜景は、見ているだけでゆっくりと由希の首にまとわりついて少しずつ首を絞める。息が出来なくなっても生きていけそうな気がしたが、それだけじゃない。体がなくなってくれれば、そこからピンク色の骨が出てくるのではなく、自分の魂のようなものが出てきて、この状況が良くなると思う。そしたら、学校にも行くし、アルバイトも続ける。サークルにも顔を出す。」
由希の心を読んだらこういうことになるだろう。実際、今由希が通っているのは東京のとある繁華街で、そこで男を見つける。なるべく年をとった人間がいいが、性格がきつそうな人間はパスする。そして、出来るだけ稼ぐのが日課だ。家の裏にある山には公園があり、そこで今日の汚れを洗い落とす。化粧は濃い目でないと受けが悪いのだが、自分としては薄いほうが好きだ。 十月のある日、由希はある病院に来ていた。そこは、ちょっと料金が高いのだが堕胎をすぐにやってくれる繁華街の中の医療屋で、由希は初めてにしては肝が据わっていた。しかし、いざとなると少しだけ震えた。少しだけ冷静な自分をとりもどし、これを契機に昔に戻ることは出来ないかと思ったが、そんな考えも病院を出てすぐに消し飛んだ。胎児の行く先などには興味を持てない。十分な稼ぎが無いと、次の日まで自分を維持できそうにもない。 「この身を絞めつける様な感覚はなんだろう。以前の事故の後遺症かもしれない」 ここまで激しく自分が自分でなくなるような感覚を覚えるのは初めてで、どうにも出来ない。そのうち自分は死ぬと言う自信があり、それでいて、刹那的に生きる事しか出来なくなっていることに気づいていない。だから、学校を辞めることもすんなり出来たし、気がつけば何時間も経っていたりする。実際、怪しい薬に手を出すようなことはしない人間なので、最初のころはうつ病かなんかだと思っていた。自動的に、いや、強制的にいつもの山へ行き、いつもの通りのことをして帰る。そのときの自分の行動には何の疑問も湧かない。 「そういえば、高校生の時冗談半分で上履きを隠すのが流行った気がする。」 友達と話しているとふと思い出した。 「でね、そのときすっごい頭にきたんだけど、結局犯人見つかんなかったんだよね」 友達も、そんなことはよく経験したみたいなので、適当に相槌を打っていた。 由希が大学を辞めたのには一つだけちゃんとした理由があった。 由希の上履きを隠した犯人がその時見つかったのだ。ゼミで一緒だった女で、前からあまりよく思っていなかった。どうやって発覚したのかはわからないが、その時のやり取りは 「どうして私の靴隠したの?」 「え、...流行ってたから?」 「それだけで?」 「一々気にするようなことでも無いんじゃん?」 「どうして?」 「うるさいなぁ、もう。いちいちそんなことで話しかけないでくれる?」 この一言には「悪意」とか「見下げ」のような感情はこもっていなかったが、どうにもならない感情の爆発のようなものが由希の心を麻痺させた。 鞄から取り出した小さなナイフで自分の手首をゆっくりと、相手に良く見えるように切った。躊躇など全く無い。そして、鮮血が天井まで届いたが、由希は平気な顔で教室から出て行った。 教室は大騒ぎとなり、血を頭から浴びて失神した生徒を医務室まで運ぶために事務員が駆けつけてきたりしていたが、由希はそのままサークルの部屋で腕に包帯を巻いてさっさと帰った。 二章終わり三章に続きます |
新作2007-03-07 Wed 01:35
「薬を下さい」という小説を開始しました。
これは、短編なので割りとすぐに終わりますが、内容を吟味し、何回も推敲した後に出しますので、多少更新が遅れますが、どうぞ最期まで付き合ってやってください。 |
薬を下さい 一章2007-03-07 Wed 01:33
アルバイトの給料が貯まるのに二年もかかったが、どうにかインドへの旅行が決定した。綺麗な景色に、おいしい料理が待っている、そんな漠然としたイメージを持ってインドに向かう。由希が空港に向かう電車の中から自分の家を見たが、どういうわけか少し懐かしい気分になった。
飛行機の中から見たインドシナの景色。緑色の絨毯を舐めるように太陽が昇り、その直下では動物達の営みが、変わることなく続いている。地雷で足がなくなり都会の景色になっている子供たちなど、豪華な内装の飛行機からは見えるはずもない。 インドに着いたら有名なホテルにチェックインし、そのまま食事へ向かい、なんとなく、有名そうな寺院を見に行く。そんなことを繰り返すためだけに由希はインドに来たのだ。何の疑問も持たずに、まるで先生に引率されて寺を巡っている学生のような顔でインドを巡る。 悠々としたインド巡りの途中、大きな通りで信号待ちをしていた由希を、スピードオーバーのトラックが跳ね飛ばした。三日目の出来事である。全身を打撲したが、胴体はそんな大したことは無い怪我だった。頭もしっかりしている。しかし、足に大きな傷を負ってしまった。いや、傷と言えば聞こえは良い。左足を切り落とす破目になったのだ。 医師はそのとき、由希に対して強力な鎮痛剤を使用した。 由希が日本に帰ることができたのは、飛行機に乗る許可が下りた後で、時間にして3ヶ月経っていた。ゆっくり療養して、それから学校に復帰して...、そんなステップを踏むはずだったのだが、日本に帰って十日後、由希は大学を退学していた。母親が由希の異変に気づくのに、それほど時間はかからなかった。なにせ、時間が経てば経つほど目の焦点が合わなくなっているのだ。放心している時間も多い。長い時間家を出ると心配はするが、怪我は治ったものの、杖がなければ立つことも出来ない人間に遠出は無理だろうと踏んだのだ。 しかし、毎晩泥だらけになって帰ってくる我が子を心配しない親がいるだろうか?確かに心配はしたのだ、しかし、見栄から由来する「うちの子供は真面目で良い子」という気持ちを保持したいがために、そのままにしておいたのだ。愚かである。確かに愚かであるが、自然な行為であるとも言える。 由貴は今日も繁華街で男を捜し、その後近所の小高い丘へ向かい、そして家に帰る。 1章終わり 2章へ続きます |
おわりに2007-03-05 Mon 23:08
いかがだったでしょうか、このところ更新が遅かったんですが、そのうち次の小説を始めます。ネタ帳を整理し終わったら。
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最終章2007-03-05 Mon 23:02
最終章
薄化粧がとても似合う顔は滅多に居ない。孝子は幸運にもその中の一人に入っていた。 一人残された哀れな男が所在無い面持で座り込んでいる。しかしそんな人間に神は手を伸ばさない。当たり前のこの現実が切迫しているが、どうしようもなく、それでいて沈殿のように動かない。現実特有の切り口に 身悶えする。繊細な白さの肌にそっと手を触れるが、孝子の両親がその度に嫌そうな顔をする。 「恵一君」 「はい」 「君に聞きたいことがあったんだよ」 「はい」 「君が孝子と結婚したのは判るが、我々にしてみれば、結納も何もしないいい加減な結婚でしかないんだよ。いや、勿論いい加減というのはあくまで表現の問題だ。しかしね、私はどうしても納得がいかないんだ。君の子供が死んでしまった...、いや、失礼。」 「いえ、どうぞ続けてください」 「うん、君と孝子の子供が生きていないのはとても残念だが、私は君を息子とは思えないんだよ。大変申し訳ないが、どうにもこうにもできないんだ。どうか納得してほしい」 「御気になさらないでください。そんなの当たり前なんです。今は、一緒に孝子を想うしか出来ないし、それで良いじゃあないですか」 「...ありがとう、本当にありがとう」 こんなやり取りがあった後なのに、恵一は常識人の巣から旅立ち、そして、気が遠くなるほど遠い地に来てしまったような常態でいる。そんな恵一の隣に斉藤が静かに座っている。二人はこっそり抜け出した。孝子と恵一は法的には夫婦ではないので、喪主は彼女の父親が勤めたが、そのせいだろうか、恵一はよそもの扱いを受けたような、そんな気分だった。だから、斉藤と二人で送り出したい。 繊細な表情を織り出す山岳地帯は、その分壮麗な夕日、朝日、雲海を見せてくれる。今恵一達が立っているビルの屋上からの景観は、不動で、無機質で、それでいて冷たい。ひとが作ったのに温もりを感じさせず、一方的に、そしてあるときは暴力的にその存在感を放り出している。汚い空気が、その存在を強調している。 「空が曇ってると、気分も曇るって言うわね」 「ええ」 「あなたもそんな感じなの?」 「いえ、そう思いますか?」 「どういうことかしら」 「曇りの日がないと、晴れた日の有難さがわからないし、雲の間から射す光がどれだけ綺麗か分からないでしょう」 恵一は普段こういうことを言う人間ではない。しかし、心が孝子を探しているのである。ちょうど、幼くして親を亡くした人間のように、人の死が理解できないでいる。「どこかにいる」孝子を探している自分を、どういうわけか冷静に傍観している恵一のこの一言は、重い。 終わり |
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